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「挑戦することは素晴らしい」山本先輩のブログ

本田圭佑選手⚽️ が大好きな男、山本先輩が「挑戦することの素晴らしさ」を伝えたいをテーマに、主にサーフィン初心者に特化した、お役立ち記事を書いています。

過去の自分が今の自分を作る。

こんにちは!山本先輩です。

 

 

4月から学んでいる起業塾で自分自身と向き合い、己を知るワークとして自分史というワークがあります。

 

 

自分が生まれた時から昨日までを様々な面から掘り下げて、大学ノート3冊分(3周)するというハードワークなのですが、今日はそのワークを実際にやってみて「今の自分」はこの時から繋がっているんだな。という過去があったのでその中の小、中学校時代の部分を書きだしてみます。

 

自己紹介だと思って読んでください。

 

 

 

小学校時代

 

 

小学校4年生から間食のし過ぎで、いわゆる肥満少年になった。

 

 

 

 

 

それにより1年生から3年連続で選ばれていた運動会の花形であるリレーの選手には人生で一度も選ばれることが無くなった。

 

 

 

 

 

当時の自分の記憶の中で、唯一とも言える誇らしかった記憶が運動会のリレーの選手であり、そこから遠ざかってしまった自分に自信がもてなくなっていたということも分かった。

 

 

 

 

 

大人になってからも昔を思い出すと4年生で太って、リレーの選手になれなかった。こればかりを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

あのまま太らないでいたらどんな生活を送っていたんだろう。

 

 

 

 

中学校ももっと楽しい生活送れていたんじゃないか。

 

 

 

 

昔を思い出すと、必ず太っていた時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

高校に入る直前、肝臓に異常が見つかり、その恐怖から3年かけてダイエットに成功することができたので、自分でも笑い話のように人にも話している出来事に過ぎなかった。

 

ただ本当は失敗した記憶、後悔している記憶になっていて、間違いなく自分の小中学校時代の自分にとって、影を落とす出来事であったことを自分史ノートから認識することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンフェアが嫌い

 

 

 

小学校時代には他にもこんなことが書かれていた。

 

 

 

 

その内容は、遠足のグループ決めなどの際に当時良くあった「好きな者同士」でグループを作るという決め方。

 

 

 

 

 

その決め方に自分は違和感を感じる子供だった。。

 

 

 

 

なぜなのかというと、この決め方をすると、誰からも一緒のグループになろうと声をかけられない子がクラスにいたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

グループを決めているだけで既に遠足気分になっている子供達の中、誰からも相手にされない子が発生するこの「アンフェア」な決め方に自分は明らかに違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

自分は仲の良い友達もいるし、気にせず楽しもうと思えば楽しめる。

でも、明らかにあの子は楽しくないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな子がいることに気づいている私はやっぱりどこか楽しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い顔をして楽しいはずの遠足のグループ決めに参加する。

こんな決め方はなんかおかしい。

自分はそんなことを本気で考えている子供だった。

 

 

 

 

 

 

今の自分へのつながり

 

 

こういう部分が今現在の社会人になってからの自分にどう現れたかというと、

 

 

 

 

 

 

 

 

半年に一度の個人評価。自分は「5段階で言うなら4以上」の評価はもらうことができる会社人生を送ってきたが、その瞬間瞬間は嬉しかったけれど、それが記憶に残るような達成感にはなっていない。

 

 

 

 

 

 

評価制度自体が曖昧だと思っていたし、そもそもやる気の無いことを公言しているような人間もいる。

 

 

 

 

 

 

上司は本当にこんな状況で部下を評価して、それで満足なんだろうか。

 

 

 

 

 

やる気のない社員をどうやったら輝かせることができるかが、上司の仕事の一つでもあるんじゃないのか?

自分が上司なら、同じ職場のみんなに活き活きしてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

一人の優秀な社員の出した結果で喜ぶより、皆で何かを成し遂げた達成感を味わいたい。いまもそういう喜びを感じたくて仕事をしている。

 

 

 

 

 

 

また、なぜこの「皆で味わう達成感」に拘るのか。に繋がる部分が 中学時代にあった。

 

 

 

 

 

 

中学校時代

 

 

忘れられない記憶はやはり部活の中にあった。

 

 

 

体育会系バリバリの野球部だったこともあり、先輩後輩という理不尽な人間関係が社会にあることに気づいたのも中学の部活に入ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

先輩達の後輩いじめも経験したし、当時の熱血顧問は試合に負けると、大雨が降っていようと炎天下だろうと、部員全員よだれが出て、鼻水が垂れ流しになるまで走らされたりもした(いまなら完全に行き過ぎた指導にあたると思う)

 

 

 

 

 

 

そんな3年間を乗り越えた経験から、仲間の大切さを知ることができた。

 

 

 

 

 

 

そんな辛い練習を一緒に過ごした仲間達と、最後の夏に成し遂げた市内制覇は格別だった。

 

 

 

 

 

みんなで一つの目標に向かって努力することで得られた喜びや、達成感は忘れらない。

 

 

 

 

 

 

 

自分史を書いたことで小、中学校時代の自分が、今の自分を肯定してくれているような気持ちになった。