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「挑戦することは素晴らしい」山本先輩のブログ

本田圭佑選手⚽️ が大好きな男、山本先輩が「挑戦することの素晴らしさ」を伝えたいをテーマに、主にサーフィン初心者に特化した、お役立ち記事を書いています。

ぼくは日本人。

プライベートの山本先輩

こんにちは!サーフィンであなたのチャレンジ精神に火をつける山本先輩です!

 

 

今日は戦後71年目の終戦の日ですね。

 

 

そんな今日は僕の好きな人の一人、青山繁晴さんの著書、『ぼくらの祖国』から

日本人である事を意識した内容を書きたいと思います。

 

 

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 僕を可愛がってくれた父方の祖父も、情報兵として日本のために戦いました。

 

 

自分のためではなく、未来、今を生きる僕らのためです。

 

 

 

そんな祖父は当時、新潟県の山奥で農家を営む「普通の人」でした。

 

 

僕と同じように祖父に当たる方が戦争に参加したという方は多くいらっしゃると思いますが、祖父はバリバリの軍人だったという方はいますか?

 

 

 

恐らくほとんどの方が、「普通の人」だったと思います。

 

 

「普通の人」が日本の未来のために戦った。

 

 

それが71年前に行われた戦争の真実なんだと思います。

 

 

だから僕には日本軍が悪かったというイメージは一切ありません。

(日本の学校教育って日本は悪かった、みたいに教わりませんか??)

 

 

僕の知る祖父は優しく、全くもって悪人なんかじゃなかったからです。

 

 

 

 

◼︎祖国とは何か

 

ここからは、青山さんの著書『ぼくらの祖国』を読んで知った、世界と日本の国を愛する気持ちの違いが教育にあるということについてです。

 

 

その文章を以下に書き出しますね。

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 ぼくが祖国を知ったのは、大学を卒業してから社会人になり、仕事で世界の現場を歩くようになってからだ。

 世界のどこの国の学校でも「祖国」を真っ先に教えることを知った。

 たとえばメキシコで公立の小学校や中学校を訪ねると、ぼくたちと同じように、週間当番がある。そして毎週月曜日の朝に、当番が交代する。その交代のとき、メキシコの公立小中学校では、生徒たちが正装し国旗をかかげて校内のグラウンドを行進しつつ、国家を高らかに歌う。それが交代式なのだ。子供たちが国旗と国歌にみずから敬意を示す行進が、「今週は自分たちが学校に責任を持つんだ」と自覚するためのセレモニーを兼ねている。

 準備にも練習にも時間がかかるということだった。メキシコ人らしく、髭の剃りあとの濃い先生に聞いてみた。「なぜ、そんな手間をかけて、この交代式をやるのですか」。週間当番が毎週、交代するのは当たり前だから、さらりと交代してもおかしくない。

 先生はスペイン語で「ポルケ?」、つまり「え、なんで」と意外そうに、ぼくの眼を覗き込んで、答えた。「こうやって自然に、だれにも祖国があり、そこに生きて、そこに環るんだと体で教えるのです」

 日本の学校でこれをやろうと、もしも親が、あるいは先生が提案したならば、たちまち「右翼だ」と陰で言われて、なかったことにされる、無視されるだろう。

 ではメキシコは、国全体が「右翼」なのか。まさか。

 メキシコは、たくさんの難しい問題を抱えてはいるけれど、それは世界のほかの国も同じだし、およそ一億一千万人のメキシコ国民の平和な生活をたいせつにし、大統領を選挙でえらぶ民主主義の国だ。

 子供の時に「祖国とは何か」を教わるのが日本以外のすべての国ではふつうだということを世界を歩けば歩くほど、ぼくは現場で理解していった。

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                 (青山繁晴/「ぼくらの祖国」より引用)

 

 

 

世界の国でこんな教育が行われていること知っていましたか。

 

 

これを読んで僕は確かに当たり前だよな、と思いました。

 

 

日本人なのだから、学校では日本人だということを誇りに思えるような教育があることが普通だと思います。

 

 

これを読んで、僕は世界の人々がオリンピックなどの舞台で涙しながら、どうしてあんなに大きな声で国家を歌うのかが分かった気がします。 

 

サッカー日本代表などの試合前の国歌斉唱のシーンを見ていても、外国の選手は胸を張り堂々と歌います。それに比べて日本選手の小声ぶりといったらそこで既に負けていると感じてしまいます。

 

 

スポーツにおける精神論はあまり好きじゃありませんが、技術ではなく、気持ちで負けていたから試合にも負けたと感じたことが少なくありません。

 

 

 

今日のような記事を書くのは、なんとなく勇気のいることでしたが、僕は日本が大好きで、日本人であることを誇りに思っていますので書くことにしました。

 

 

日本人であることへの意識が強くなった方は、ぜひシェアしてください。